「農業は神事」だから、食べ物に感謝、感謝
北海道は、田植えもだいたい終わった。
水が張られた田んぼには、小さな水稲の苗が植えられている。
ビルが林立する街の中では、季節の移ろいはぼんやりとしている。
でも、田畑が広がる田園地帯に行くと、景色の変化が鮮明だ。
北国では雪が溶けると、田畑が顔を出し、
種まきや田植えの季節の到来。
田んぼに稲の苗を植えるのは、昔は人が一本一本手で植えたものだったが、
今はすべて田植え機がやってくれる。
特に、北海道のように、面積の広いところでは、
機械なしには経営が成り立たない。
植えられたばかりの小さな苗は、風に弱々しくそよいでいる。
ひとたび強い風が吹けば、倒されそうにはかなく見える。
しかし、太陽の光をいっぱい浴びて、水のエネルギーを吸って、
苗はぐんぐん生育し、秋になれば、いっぱい実をつけた稲ができる。
お米が、日本の食料を支えている。
稲が成長する早さは、目を見張るばかりだ。
小さな苗は、だんだん大きくなり、やがて緑一色に田んぼを染め、
秋には黄金色の稲穂に代わる。
農家の人は、毎日、田んぼを見ながら秋の豊作を祈る。
大雨や台風などで稲が倒れたら、収穫できない。
すべてが、水の泡だ。
だからこそ、作物がうまく育つようにと、大自然に願う。
田んぼも畑も同じだろうけど、
食べ物は、「自然の恵み」であることに気付かされる。
大自然、天からの恩恵、プレゼントといっても、いい。
食べ物への感謝は、大自然や天への感謝に通じる。
食べ物に好き嫌いがないというのは、天から愛されるにちがいない。
農業は「神事」なんだと思う。